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「ストリートパーティからホームゾーンへ」 講演会の報告

シンクレア氏の紹介

アンドリアン・シンクレア氏はアーティストとして、ヘッズ・トゥギャザーという組織で活動を行っています。ヘッズ・トゥギャザーは25周年を迎えました。ヘッズ・トゥギャザーは、精神的な障害を抱えている人のコミュニケーションを支援するプログラムを保健所で行ったり、地域のラジオ局を運営し、ラジオを使って人々が会話をする場を提供したりしています。ヘッズ・トゥギャザーでは、目的を達成するために「創造性」を発揮することを大事にしています。

 

シンクレア氏はこの仕事を25年続けるなかで、3つの重要なことを感じています。一つはアイデンティティの確立です。アイデンティティを確立するためには、非常に困難なこともありますが、その困難を乗り越える手伝いをしていきたいと彼は思っています。そして、彼はアーティストとして、芸術活動に民主的に参加し、意思決定ができることが重要だと感じています。最後に、コミュニケーションを図ること。コミュニケーションにも様々な形があり、文章を書くこと、目で見ること、世代間の意思疎通など様々です。

 

シンクレア氏に講演いただいたのは、メスリーという300世帯ほどの小さな地区で、子どもたちの遊び場を考え、子どもたちの声を聞き、そして通りを 通行止めにしてそこへ芝生を敷いてストリートパーティをし、それをきっかけにして子どもたちとともに議会をも動かし、ホームゾーンという施策へと発展 させたという8年間の物語です。

 

講演の要約

この物語のなかに3つの重要な視点があります。一つ目は伴奏者の役割です。例えば、ダンスの伴奏者はダンサーが上手に踊れるように前に出過ぎず、調子を取りながら伴奏をするという役割があります。まちづくりにもそのような役割を果たす人がいることが非常に重要です。

 

二つ目は変化を起こしたり、変化に立ち向かう時には創造性が果たす役割が大きいということです。なぜなら、変化を受け入れるためには、どのようなことが起きるのかと創造性を大きく働かせることが必要だからです。そして、一番大事な点ですが、子どもや若者を巻き込んでいくことです。非常に大変だったのは、子どもたちの話をよく聞くということでした。子どもたちの話を理解するために耳を傾けることが必要でした。

 

もう一つは「間の空間 “the space between”」です。イギリスでは、学校とコミュニティの間にあるスペースで学習することが最も効果があるという理論があります。私たちがアーティストとして考えるのは、コミュニティと様々な機関との間に交わっている場所、そこが非常に興味深くて面白い場所だととらえています。そして、その交わった場所を作るのが私たちの役割だと考えています。

 

この8年にも及ぶ物語は、4人の女性があつまって子どもの遊び場について話を始めたことからはじまりました。そして、1995年に初めてのパブリックミーティングが開かれました。そのワークショップで街の課題を洗い出し、ミレニアムプランを策定しました。これを作るまでに5年がかかりました。この作業のなかで子どもへもアンケートをしました。私たち大人が投げかけた質問は「なぜ”Why”」でしたが、子どもたちからは「どうしてだめなの?いいじゃないか”Why not?”」という回答が返ってきました。また、子どもたちに「遊び場はどこに必要か?」と質問をしました。すると、年長の子どもたちは具体的な場所を示したり、学校の校庭はどうしてだめなの?”Why not?”と回答しました(校庭開放はしていなかった)。一方、3〜4歳の小さな子どもたちは、家のすぐ目の前に遊び場が欲しいと回答しました。私たちは通りで遊べるようにするにはどうしたらよいか、建築家に相談をしました。すると、オランダのボンネルフを紹介してくれました。しかし、イギリスではその制度がないので、実行するのは困難であろうといわれました。そこで、私たちは政府の政策を変えるための運動を始めました。しかし、この300世帯の小さな地域がどうやって政府の政策を変えることができるのでしょうか?そこで創造性を発揮することが始まったわけです。

 

まずは民家の壁を白く塗り、野外で映画を上映することを始めました。地域の人は泥棒が入ったり乱闘が起きるのではないかと懸念しましたが、それは杞憂に終わりました。戸外で映画を上映するのはそれほど大層なことではないかもしれません。しかし、これは通りを変えることによって映画も上映できるんだということを実践した初めての例でした。

 

イギリスには地域のなかのオープンスペースでパーティを開くという風習がありますが、メスリー地区にはその場所がありませんでした。そこで、ある週末限定で通りに芝生を敷き、様々な年代の人が集まれる800㎡のオープンスペースを作ることにしました。そして、ストリートパーティを開催したのです。そこには数千人の人がきてあらゆることを楽しみました。馬を連れてきた人もいましたし、テントを張ってキャンプをした子どもたちもいました。バンド演奏もありました。住民はケーキを作ってきて売り、そこで1000ポンドの資金を集めました。

 

この催しを行うために、子ども遊び委員会とトランスポート2000という二つの団体と協働しました。この2つの団体と協働し、しかも夏の時期で他にあまり重要な事件もなかったため、通りに芝をはったストリートパーティはイギリス中のマスコミに取り上げられ報道され、有名になりました。都市計画の専門誌にも取り上げられました。

 

私たちは1998年に12人の子どもをつれて議会に行きました。議員は子どもの言うことに熱心に耳を傾け、2年以内にホームゾーンのパイロット計画の予算を付けることを約束してくれました。そして、メスリー地区にもホームゾーン建設の予算がつきました。

 

都市計画家のデザインにより、メスリー地区にもホームゾーンの建設が始まりました。ここからがメスリー地区のホームゾーンだと分かるようにゲートウェイを設けました。それから、野外上映用のスクリーンも作りました。子どもたちは自分で敷石(ブロック)を敷き詰めました。しかし、作業を進めていく中でそれぞれの考え方の違いも出てきました。例えば、樹木は地域住民で植えた方が良いのではないかと提案しましたが、はじめは許可が下りませんでした。最終的には子どもたちが木を植えることができました。高価な樹木も使っていたため、せっかく植えた木が堀とられてしまうことも起きましたが、「子どもたちが自分で植えた」というサインを置くことで、そのようなことはなくなっていきました。

 

このように、私たちは政府の政策を変えさせ、予算を獲得しました。子どもや若者達が前面に出て行ったことでこれが実現したのです。そして、他の地域でもやってみようという刺激を与えたのです。人々はホームゾーンを誇りに思うようになってきました。

 

今、私たち家族はメスリー地区には住んでいません。この10年間の間にどのような変化が起きたのだろうかと私は考え、再びメスリー地区へ行ってみました。もちろん、子どもたちはみな大きくなっていました。また新しい子どもたちも産まれていました。植えた木はとても大きくなり、落ち着いた雰囲気になっていました。そして、人々はまだ通りにでていました。通りでパーティも行われていました。人々は通りを使いつづけ、子どもだけでなく大人も通りで楽しんでいました。

 

8年間の物語から、私が何を学んだかについてお話しします。何かに向けて達成するためには時間をかけて話し合うことが必要だということです。そして、変化のためには発想の転換を受け入れる、創造性を受け入れることが非常に大切です。そして試してみることです。それから伴奏者として子どもたちの言葉に耳を傾けることも大切です。子どもたちは外で遊びたがっていましたが、それを子どもたちが決まった遊び場で遊ぶ方がいいんだと大人の観点で思い込まず、どこでどのように遊びたいのか、子どもたちの声を聞くことです。また、共通の目的をもって、それに関わる人たちが参加をすることも大切です。

 

さらに、私は安全についても多くのことを学びました。我々はどんなリスクも完全になくしたいと考えがちですが、完全になくしてしまうと新たな危険が来た時にその対処法を失ってしまいます。また、オランダを訪問したとき、オランダの警察官が「通りに人がいれば安全になるのだ。夜に危険になるのは誰もいなくなるからだ」と話していました。同じようなことが子どもにも言えると思います。危ないから通りに出るなと子どもに言いがちですが、子どもたちが通りにいることで、その通りが安全になるのです。この点については多くの人と議論をしました。子どもが通りにいることでその通りが安全になることを理解してもらえました。人がいないと通りは車のものになってしまうのです。

これで私の講演を終わります。ありがとうございました。

 

※講演の全文及び講演のスライドは会員ページにあります。

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